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新渡戸稲造の『武士道』は誤り?士道との違いとは?

この記事の内容 新渡戸稲造が説いた武士道とは
・武士道、士道、明治武士道、それぞれの特徴と違い
・武士道を理解するための推薦図書

 

みなさんは、武士道と聞いて何を思い浮かべるでしょうか。

 

そのイメージはもしかしたら、新渡戸稲造の『武士道』の影響を受けているかもしれません。本来の「武士道」とは何なのか、菅野覚明氏の『武士道の逆襲』をテキストに見直してみたいと思います。

 

 

国民(一般市民)の道徳ではなかった武士道

武士道、サムライ

 

江戸時代初期に使われるようになった「武士道」。この言葉が一般化してくるのは、明治中期ごろになってからのこと。その背景には、日清・日露戦争がありました。

 

とくに、日清・日露という対外戦争と相前後して、軍人や言論界の中から、盛んに「武士道」の復興を叫ぶ議論が登場してくる。

菅野覚明『武士道の逆襲』講談社現代新書、2004年、13頁

 

武士階級が消滅して約30年、武士道リバイバルともいえる「明治式武士道」が量産されました。新渡戸稲造が説いた武士道もこうした時代背景の中で生まれたのです。

 

新渡戸武士道を含めて、明治期に盛んに鼓吹された武士道を、近代以前の武士の思想と区別して、「明治武士道」の名で呼ぶことにする。

同書、13頁

 

武士階級が消滅したといっても、「武士だった人たち」「本物の武士を知る人たち」はまだまだ生きていた時代です。新渡戸稲造の『武士道』は、同じ時代の歴史学者からも批判を受けていました。

 

歴史学者津田左右吉は、明治三十四年(一九〇一)に発表した文章の中で、新渡戸の『武士道』を批判しつつ、次のようなことを述べている。

 武士道は「一の階級的思想」であって、外国を意識して生まれた「国民的思想」ではない。したがって、武士道を、「国民的思想の表徴」であり、対外的比較のニュアンスを含む「大和魂」(=Soul of Japan)と単純に同一視することはできない。(後略)(『武士道の淵源に就て』)

同書、19頁

 

つまり、武士道とは「特殊な階級の特異な思想」であって、外国人に向けて「これが日本人の道徳です」と説明される類のものではないというわけです。

 

ところが、現代に生きる私たちは今もこの「新渡戸武士道」「明治武士道」の影響を大きく受けています。

 

今日流布している武士道論の大半は、明治武士道の断片や焼き直しである。それらは、武士の武士らしさを追求した本来の武士道とは異なり、国家や国民性(明治武士道では、しばしば「武士道」と「大和魂」が同一視される)を問うところの、近代思想の一つなのである。

同書、14頁

 

それでは、明治武士道とそれ以前の武士道とでは何が違うのでしょうか。

 

武士道は、第一義に戦闘者の思想である。したがってそれは、新渡戸をはじめとする明治武士道の説く「高貴な」忠君愛国道徳とは、途方もなく異質なものである。

同書、20頁

 

身も蓋もない言い方をしてしまえば、武士道とは「殺人を生業とする人たちの道徳・思想」です。これを一般市民の道徳・思想に転用されたのが「明治武士道」だとすれば、津田左右吉の批判もごもっともです。

 

特殊階級の特殊階級による特殊階級のための思想。

 

そんな武士道ですが、主に「士道」と「武士道」に分けられます。両者の論争は、明治以前からありました。次節では、「明治武士道」や「軍人勅諭とともにそれぞれの特徴を比較したいと思います。

 

武士道から軍人勅諭まで、それぞれの特徴

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「武士道」と「士道」では、

 

・死に対する考え方
・主君に対する考え方

 

などで考え方が対立します。以下に概要をまとめました。

 

武士道

江戸時代の士道を「魂の抜けた理屈だけの議論」と蔑視する、戦闘者としての思想・流儀・気風。「弓矢の道」「弓馬の道」「兵の道」などとほぼ対応し、何があっても主君を捨ててはならないと説く。この武士道を折口信夫は「野ぶし・山ぶしに系統を持つゴロツキの道徳」と説明する。

 

説いた人:山本常朝(葉隠)、大久保忠教三河物語

ターゲット:武士

背景:戦国乱世

 

士道

徳川体制の中で、武士の道徳を儒教的概念で捉え直したもの。武士に戦闘者から為政者への転身を求めた。戦国時代の武士道を「私情に溺れて道を忘れたもの」と厳しく批判。主君のあとを追う「追腹」「殉死」を否定した。

 

説いた人:儒学者山鹿素行、大道寺友山ら

ターゲット:武士

背景:徳川幕藩体制

 

軍人勅諭

武士と700年に及ぶ武家政権の歴史を否定し、天下の大権が天皇の手に戻ったことを強調した。武士の時代を「浅ましき次第」「失態」と否定している。

 

自由民権運動が軍隊へ波及することを恐れ、幹部候補である将校学生の中にも平民出身者が増えたことなどに憂慮して作られた。徳目の一つである「忠節」では、軍人が政治に関与しないことを強調している。

 

作った人:山県有朋西周井上毅

ターゲット:軍人

背景:自由民権運動

 

明治武士道(明治式武士道)

すでに武士階級が消滅した中で生まれた、大日本帝国臣民を近代文明の担い手たらしめるために作為された、国民道徳思想の一つ。「新渡戸武士道」も明治武士道に含まれる。

 

説いた人:軍人、知識人、新渡戸稲造

ターゲット:国民

背景:日清戦争(1894~1895)、日露戦争(1904~1905)など。

 

 

実は「武士道」と「士道」では、男色の是非をめぐっても対立するのですが、そのことについては note に記しました。

 

もしよければ、ご覧ください。

 

菅野覚明さんって誰?

菅野覚明『武士道の逆襲』

菅野覚明『武士道の逆襲』講談社現代新書、2004年

 

本書の著者である菅野覚明さんのプロフィールです↓

 

菅野覚明東京大学ホームページ(2021年4月24日アクセス)
http://www.l.u-tokyo.ac.jp/teacher/detail/19.html