日の丸カレッジ

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【ざっくり解説】大和絵、漢画、浮世絵のパトロン層とは?

この記事の内容大和絵、漢画、浮世絵は誰に支持されたのか
・近代化に苦心した一例
・日本美術の成立を学ぶオススメの一冊

 

日本の文化を見るときに、欠かせない要素の一つとして「受容層」という概念があります。換言するなら「支持層」「消費者層」といってもいいかもしれません。

 

茶の湯でいえば「公家といえば宗和流、武家といえば遠州流や石州流、町人なら三千家、抹茶に対抗して「公家といえば煎茶道というイメージがあるのは、文化と身分が密接に結びついていたからです。

 

今回は、絵画(この言葉も近代の所産です)の受容層について簡単に見て行きたいと思います。

 

大和絵、漢画、浮世絵の受容層と特徴

襖絵

 

今回の参考図書をもとに、その特徴を表にしました。

 

  大和絵 漢画 浮世絵
テーマ 日本 中国 和漢両方
絵師の教養 有職故実、日本の古典 漢学、中国故事
支持層 公家 武家 庶民
性格 文学性 政治性、儒教的勧戒性 娯楽性

 

「漢画」とは聞き慣れない言葉かもしれませんが、次のような意味です。

 

(1)中国、漢の時代の絵画。また、広く中国の絵画の総称。

(2)中世、古来の大和絵(やまとえ)に対し、鎌倉時代以後に中国から伝わった宋・元系の画風を受けた如拙、周文、雪舟などの絵をいう。

 

"かん‐が[‥グヮ]【漢画】", 日本国語大辞典, JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2021-05-01)

 

つまり「漢画」には、日本で描かれたものも含まれます。この漢画の流れが、あの狩野派へと受け継がれていくわけです。

 

室町時代から明治に至る日本絵画史上最大の画派。封建的な世襲制と強固な同族的紐帯 (ちゅうたい) を基本とした強力な作画機構を築き上げ、膨大な需要に応ずるとともに、400年の長きにわたって、近世画壇に君臨し続けた。

 

"狩野派", 日本大百科全書(ニッポニカ), JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2021-05-01)

 

表を見ていただくとわかるように、西洋絵画と出会うまでは、対比されるのが「和洋」ではなく「和漢」だったのです。

 

有職故実」についても耳馴染みのない方のために辞書を引いておきましょう。

 

平安時代以後,朝廷の儀式典礼を行う場合,そのよりどころとなる歴史的事実を故実といい,この故実に通じていることを有職といった。有職は〈ゆうそこ〉ともいい,古くは有識と書いた。中世以来故実は公家儀礼における公家故実武家儀礼における武家故実にわけられ,前者を単に有職といい,後者を故実という場合が多い。

 

"有職故実", 世界大百科事典, JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2021-05-01)

 

旧日本軍の階級や服装に詳しかったりすると「ミリオタ」なんて言われてしまうわけですが、生きる時代が違えば、彼らは公家オタ・武家オタではなく「有職故実家」と呼ばれていたかもしれません。

 

話を戻すと、それぞれの受容層には役割・好み・背景となる教養があります。

 

それぞれの美術は、パトロネージとして大和絵はとくに公家、狩野派は武士、浮世絵は庶民という身分階層とも強く結びついていた。(略)こうした階級制との関係は、学問や思想にもあり、基本的に漢学は武士、国学は町人層を中心に支えられていた。芸能で能は武士、歌舞伎は町人層を中心に支えられていたのも同じである。

 

佐藤道信『〈日本美術〉誕生』講談社、1996年、110頁

 

ここには出てきていませんが、公家といえば雅楽ですね。こういった儀式に用いる音楽や舞踊を「式楽」といいます。(※式楽といったら通常は武家能楽を指します)

 

儀式に用いる盃を「式盃」

儀式に用いる服を「式服」

儀式に用いる菓子を「式菓子」

 

などといいますが、「式〇」という言葉は、文化史の世界では頻繁に出てくるので、覚えておいたほうがよいでしょう。

 

漢学、国学はともに思想的、学問的な両面を持っていたが、一八世紀後半になると、和漢の学にまたがる新たな思想が起こってくる。両者の古学派による尊王論がそれである。

 

同書、110頁 

 

こうして和漢の垣根を越え、尊王思想を絵画で表現する画家が登場してきます。

 

近代化という西洋化への苦心

国立工芸館

 

今でこそ「絵画」と言われていますが、屏風絵にしても襖絵にしても、もともとは実用品でした。そこで近代日本は、自国の美術品を西洋の芸術概念にすり合わせていく作業が必要となりました。

 

仏像→彫刻

襖絵→絵画

 

近代日本は、もともとあった美術品をこのように対置させていきました。

 

もともと「工芸」も「工業」の意味合いを含んでおり、そこから「絵画」「彫刻」「美術工芸」を独立させ、さらに工業の部分を「産業」に組み込んでいった歴史があります。

 

こういった苦心からも、いま「美術品」と呼ばれているものが、実用品として生活と結びついていたことが窺えますよね。

 

日本美術の成立を知るための一冊

 

「芸術」の中に、もともと「学芸」や「武芸」といった意味が含まれていたように、「美術」にはもともと「詩歌」「小説」「音楽」などの意味が含まれていました。

 

今回オススメするのは、こうした「概念」の変遷や成立を見事に整理した一冊です。

 

〈日本美術〉誕生

佐藤道信『〈日本美術〉誕生』講談社、1996年

 

私はたまたま、レキハク(国立歴史民俗博物館)のミュージアムショップで見つけたのですが、ちょうど工芸史のレポートを書いていた時だったので、救世主的な一冊となりました。

 

「絵・画・図」の違い、「人・工・匠」の違いなどについても知ることができ、何度読み直しても勉強になります。